武家の古都・鎌倉の歩き方(巻頭インタビュー)第五回 奥田哲さん・桑原桃子さん

これまで鎌倉INFOの巻頭インタビューでは、鎌倉市国際親善観光大使を務める鶴田真由さん、リシャール・コラスさん、中井貴一さんのお三方、そして鶴岡八幡宮の吉田茂穗宮司にお話をうかがってきました。これからも「鎌倉の顔」をつとめる方々を取材させていただきますが、同時に、知る人ぞ知る鎌倉の有名人に話をうかがって「ガイドブックには載らない鎌倉の暮らし」をご紹介して行きたいと考えています。

記念すべきその初回は、夏に向けて「海」編。鎌倉・湘南にサーフィン文化を定着させた第一人者・奥田哲(さとる)さんと、19歳の若き女性漁師・桑原桃子さんのお二人。取材陣一同が深く深く感銘を受けた2つのインタビューをまとめてお届けします。
「鎌倉の海には他にはないものがある。パドボもいずれはオリンピック種目になります!」奥田哲さん

日本のマリンスポーツは鎌倉から生まれる!

奥田さんのショップ「オクダスタイルサーフィング」は、材木座海岸まで歩いて1分もかからないところにある。鎌倉に歴史や文化を求める人や、スイーツやショッピング目当ての人、ハイキングを楽しむ人にはなじみがないエリアかもしれない。けれどもそこには日本サーフィン文化発祥の地としての独特の空気があり、決してせかされることのない時間が流れる鎌倉の海の顔がある。

奥田哲さん 「どうぞ座ってください」と奥田さんが示したのは、3月半ばの、まだ肌寒い風が強く吹くショップの外のテーブルとベンチ。コートを着込んで身を丸める取材陣と対照的に、奥田さんはトレーナー姿。1年365日、風と波が良ければ海に出る人の鍛えられた肌は季節に関係なく落ち着いた色に焼けていた。すぐそばには奥田さんが手がけた「パドボ(PADOBO)」用の大きなサーフボードが林立している。

2013年5月26日(日)、鎌倉市材木座海岸で「第8回パドボグランプリ2013 鎌倉市長杯」が開催される。これは鎌倉発の新しいマリンスポーツの競技会だ。専用の大きめのサーフボードの上にパドルを持って立ち、コースレースやウェイブ、スラロームやフィッシング(!)などの種目で行われるユニークな競技「パドボ」こと、スタンドアップパドルボーディング。その仕掛人こそ奥田さんなのだ。

では、どのようにしてパドボを思いついたのだろうか。尋ねてみると奥田さん自身が、サーフィン文化の変遷を全て実践してきたからこその発見のようだ。70年代のショートボードサーフィン、80年代のウィンドサーフィンを体験し、90年代にロングボードのブームが来てから、奥田さんはそのプロとして世界の大会に出場したり取材したりしていたそうだ。

ある時ハワイで面白い大会があるから出てみないかと誘われました。ロングボードよりさらに大きなビッグボードコンテストといって、出場したら外国人の部門で優勝しちゃった。次は同じカテゴリには出られないルールだったので、かわりに出場したのがビーチボーイスタイルサーフィンというコースでした。大きなボード上でパドルを使ってサーフィンをするというもので、これがスタンドアップパドルボーディング誕生のきっかけです。パドルをさらに長くして、立つことにこだわったら面白いんじゃないか思いついたんです。

奥田哲さん 始めてみたら予想以上に楽しくて、まわりからの反響も大きい。観光客に「それは何?」と聞かれたり、FMヨコハマからは「リスナーから鎌倉の海で不思議なマリンスポーツがあるがあれは何かという問い合わせが来た」と取材を受けたこともある。奥田さん自身、七里ケ浜の自宅から材木座のショップまでの「通勤」にもパドボに乗っているし、奥さんは逗子のコンビニまで買い物に使うという具合で、ごく日常的に使っているというから驚きだ。

移動手段としてこの辺の海にはすごくマッチしているのがわかりました。釣にもぴったりなんです。静かなので魚を驚かさないし、磯釣りでも舟でも行けないところに行ける。パドルがあるので風や波がなくても楽しめる。鎌倉発で日本全国に広まっているところです。

いまでは、サーフボードの製作は主にスタッフに任せ、奥田さん自身はパドルの制作に夢中な毎日だ。

現在オリンピック種目になっているウィンドサーフィンもスノーボードも、元を正せばサーフィンから派生したスポーツなので、そのうちパドボもオリンピック種目になるんじゃないかってね。協会を立ち上げて世界選手権に向けて全日本グランプリも開催しています。

観光客も手軽に遊べるとのことだから、今年の夏は鎌倉でパドボを体験してみてはいかがだろう。安全面についてスクールできちんと講習を受けて段階を踏んで楽しむことをオススメします。

ユニークな魅力を持つ鎌倉の海の文化

鎌倉とマリンスポーツの歴史の長さについて奥田さんは語る。

日本のサーフィン業界を立ち上げた第一世代は3、4歳上にいらっしゃって、みなさん鎌倉の方です。俺なんかは第二世代です。それでも雑誌『POPEYE』の創刊号(編集部註:1976年)に出たから結構古い。当時稲村ケ崎にあったCalifornia T-shirtsっていうTシャツ専門店の広告でした。鎌倉はサーフィンでもマリンスポーツでも日本をリードしているんですよ。

PADOBO 奥田さん自身、プロサーファーであり、プロウインドサーファーでもある。日本人で初めてウィンドサーフィンの技「エアリアルループ」を成功させた。また、30年来のサーフボードシェイパーでもあり、スタンドアップパドリングのためのパドルとボードなど専用のギア「パドボ」ブランドの創設者でもある。稲村ケ崎に生まれ、海好きな家族の元で育った、根っからの鎌倉っ子だ。

当時は稲村ケ崎にも海水浴場がありましたが、小さい頃の磯遊びがやがてボディーサーフィンになり、エアマットや洗濯板で波に乗るようになり、中2の時に今でいうショートボードに出会いました。以来,通学の電車に乗る前に海に行って波を見て、いい波があったら早めに学校から帰ったり、たまにはさぼっちゃったり。中学や高校の先生達もわかっていて「昨日いい波だったんだろ」とか言われて(笑)。よくサーフィン雑誌に「海との一体感を味わう」とかキレイなことが書いてありますが、俺にとってサーフィンは生活の一部でした。

奥田哲さん 高校生時代、先輩が始めたサーフボードをつくるファクトリーでアルバイトをし、サーフィンやウェットスーツの業界を作る先輩たちに憧れ、早く働きたかったと言う。「大学には行った方がいい」という親の強い勧めに従い、東海大学体育学部に進み、当時まだ正式なスポーツと認められていなかったサーフィンをテーマに研究し論文を書いた。サーフィンがテーマの論文は恐らく日本で最初だろうとのこと。第2世代と謙遜するが、奥田さん自身が日本にサーフィン文化を定着したパイオニアといえるだろう。

鎌倉の海の魅力について奥田さんはこう語る。

鎌倉の海は短い海岸線にいろいろなタイプの波があって、特徴のあるポイントが揃っています。みんな自分の好みのポイントを持っていて、自然と知り合いができます。わずかな移動で違うタイプの波を体験できて、こういうのは他の土地ではあまりない。それから鎌倉で面白いのは、ヨットならヨット、サーフィンならサーフィンのエキスパートがすぐ並びに住んでいて横につながっていること。これも他の土地ではそれぞれが独立しているのが普通ですが、お互いがクロスするのは鎌倉ならではの文化です。

奥田さんが調べたところ、昭和30年代には材木座海岸あたりで「貸出フロート」というものがあったらしい。これはボードの上に乗ってパドルを使って波乗り遊びを楽しむもので、まさにスタンドアップパドルボーディングの原型と言える。調べてみたらハワイのビーチボーイスタイルは1950年代のものらしく、実は太平洋を隔てて同時期に同じような遊びが流行っていたそうだ。まさに鎌倉はマリンスポーツ発祥の地なのである。

奥田哲さん

【コラム】元祖パドボが昭和30年代の鎌倉にあった?

「フロート」について、「オクダスタイルサーフィング」には次のように書かれています。

「材木座や腰越の船大工さんが作っていたという話でありますが、木材の骨組みに薄い木の板をつないで組み立てた箱型の『浮き』(ボードとは呼べない)で、舟底型のボトムでレイルにキールが付いていたらしい。中空の造りのために水抜きの栓が有り、表面にはペンキが塗ってあり、デッキにロープ(?)が付いていて、人は上に立ってオールで漕いで進むのが正統な使用法方であったって、それPADOBOじゃないですか~!!」

http://www.padobo.com/culture_page/naminori03.html

「初めて船に乗って、網にかかったサザエや魚を見て『うおあああ!!!』ってなったのがきっかけ」桑原桃子さん

中学生時代には漁師になりたいと心に決めていた。

桑原桃子さん 鎌倉の漁協にモモちゃんとコモモちゃんという女性漁師の師弟がいるという噂を聞いて、材木座海岸の「もんざ丸前田水産」を訪ねた。コモモちゃんこと桑原桃子さんは、日に焼けて凛々しい漁師の顔つきと、時としてこぼれる笑顔のアンバランスさがチャーミングな19歳。

話をうかがうと、芯のしっかりとしたプロフェッショナルな女性で、観光協会の取材というより、ほとんど「仕事論」の取材のようになってしまったものの、鎌倉の海にこんな漁業があり、漁師たちがいるということを知れば、海の楽しみ方に深みが増しそうだ(コモモちゃんたちがよく使うという近所のカフェ「アロハキューブ」にて取材)。

地元に海があって、家族も海がすごく好きな家庭だったので、子供なりに漠然と、将来海関係の仕事に就きたいと思っていました。小学生の頃はイルカのインストラクターに憧れていたんです。

若い女の子がイルカのインストラクターに憧れるのはイメージしやすい。けれど男の職業のイメージが強い漁師を、女性が、しかもその若さで目指したきっかけは何だったのだろう?

中学1年か2年の時に、母が仕事をしていた近所のシラス屋さん(もんざ丸前田水産)を覗きに行って今の社長の前田桃子さん(モモちゃん)が漁をなさっているのを知りました。桃子さんも元々はバイトだったそうですが、その頃は漁師になってご自身の船も持っていて一人で操縦されていました。女の漁師さんの存在を知ってすごく憧れました。

その時、船に乗せてもらった感動を、まるで今もその船の上に乗っているかのように目を輝かせて、コモモちゃんは語ってくれた。

水を切って風を受けて、ガーって沖に向かって進んで行く時にもう、すーごい水がきれいで。天気も良くて気持ち良くて網の仕掛けてある漁場に着いて。『その浮きを取って』って言われて引き上げたら、沈んでる網が上がってきて、そこにサザエとか魚とかがたくさん掛かっていて、その時に『うおああああああ!!!!!』みたいになって(笑)。

もんざ丸 前田水産 中学を卒業したら漁師になりたいと思い、もんざ丸の前田社長(故人。前田桃子さんのご主人)に相談したところ、当然のごとく反対された。「どうしても漁師になりたいならまず水産学校に行きなさい」と勧められ三崎水産学校(現在の神奈川県立海洋科学高等学校)に進学。全体では男女半々くらいの学校だったが、遠洋航海実習のある船舶運航コースをとった女子生徒は、コモモちゃんともう一人だけだったという。卒業後、迷うことなく再びもんざ丸を訪れ、修業を願い出て受け入れてもらった。

年に365回以上海に出て、休みは基本的にないです。

漁師さんの一日はどんなスケジュールなのだろう?

桑原桃子さん 日の出ととも起きます。ワカメの時期は5時半に起きて6時集合。カゴを積んだり着替えたり準備して、6時半にはみんなで船を海に押し出して出船です。お店が開く9時に合わせて戻って来てお店におろして、茹でたワカメを砂浜で干す作業などをお昼頃まで。

昼食後は砂浜で翌日の漁の支度をしたり、お店で仕事がある場合は販売を手伝ったり、加工作業をやったりします。5時が定時でそこまでに作業を終わらせて全部片付けて帰って早いときは7時ごろ、遅くても10時には寝るという感じですね。夏のボラ漁の時期は、期間は短いですが3時半に起きて4時集合。ボラ漁を終えてからいつもの漁に行きます。

1日に何回も漁に出たりするので、海に出る回数で言えば365回を超える(!)のではないかとのこと。見習いから始めて2年が経ち、あれこれを教わる段階は過ぎて、いよいよいろいろ任される立場になってきたそうだ。今年の初めに鎌倉漁協の皆さんに準組合員として認められ、何種類かの漁業権も持つことができた。

最初はやっぱり「大丈夫かな?」と思われていたのがようやく認めていただいたということでしょう。将来は独立したくて、いまはそのための修行と資金稼ぎの時期です。船も必要ですし、網、ロープ、浮き、カゴ、いかり、エサ、みんな自分で揃えます。好きな漁はカマス漁。魚群探知機を使って探し回って、反応があったところに網をまいて、長い竿で海面を叩いてカマスを網に追い込むんです。同じ生き物でもワカメや海藻よりは魚の方がいいですね(笑)。

いつごろ一人前になるのかを尋ねると「30歳くらいかな」と言った後、付け加えた言葉が印象的だった。

桑原桃子さん 漁師さんって、30歳、40歳になってやっとベテランと呼べるか呼べないかきわどいところだと思うんですよ。みんな一生かかってひたすら高みを目指す、終わりが見えない職業だと思います。年配の漁師さんでも、『こうしたほうが獲れるんじゃないか、ああしたほうが獲れるんじゃないか』って道具の仕掛けを変えたり、周りの人に聞いたりして、進化していくわけですから、私なんかはまだほんとに卵にも満たないところです。

観光客がコモモちゃんたち鎌倉の漁師さんが水揚げした海の幸を楽しむにはどうすればいいのだろう?

鎌倉(湘南)シラスや鎌倉エビが有名ですが、他にもさっき言ったカマスやボラ、タコ、メバル、カサゴ、ヒラメ、アワビ、サザエやワカメなどいろいろ獲れるんですよ。鎌倉パークホテルで朝市をやっていますし、最近では浜売りというのも始めたのでのぞいてみてください。うちみたいな網元のところに来てお土産で買うのもいいですよ。

ちょっとディープな鎌倉観光を楽しむなら、ぜひ材木座海岸あたりまでぶらぶらと散歩をして、網元でのショッピングを楽しんでみてください。

桑原桃子さん

「もんざ丸前田水産」
http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14037118/

「鎌倉の朝市」(4月~12月の第1日曜日 10時~完売まで)
http://www1.ocn.ne.jp/~kamakura/tyokubai.html

「鎌倉漁協の浜売り」(営業時間:5~12月 4:30~5時頃 定置網の地魚、3~12月 7~8時頃 刺網の地魚)
http://kaisen-fan.com/ksn_ichi.php?sw=10&mid=10033

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