武家の古都・鎌倉の歩き方(巻頭インタビュー)「鎌倉みたいにいい街はない」そう感じ続けるために必要なこと。第二回 リシャール・コラスさん

故郷フランスを離れ、日本に暮らして40年になるリシャール・コラスさんは、鎌倉に居を構えて10年の鎌倉人でもあります。鎌倉市国際親善観光大使、シャネル日本法人社長、小説家など多くの顔を持ち、世界を股にかけて活躍するコラスさんに鎌倉というブランドの魅力と、それを活かして行く道をガイドしていただきました(長谷のご自宅の離れにて取材)。

バランスがとれた理想の街、鎌倉

まず、ご自身が暮らす土地として鎌倉を選んだ理由を教えてください。

フランスという長い歴史を持つ国からやって来た者として、同じく長い歴史を持つ日本の雰囲気が好きなんです。ただ残念ながら東京ではそれがどんどん感じられなくなっています。40年前私が初めて日本を訪れた頃は東京にもまだそういう味がありました。でも今は高層ビルばかり増えて、昔のいい雰囲気が残っているのは下町だけですよね。

歴史を感じる街として鎌倉を選びました。もちろん奈良や京都や田舎などにも歴史は感じられますが、私はまだ忙しく働いていて東京から離れるわけにいきません。交通の便などを考え合わせると、東京から一時間もかからない鎌倉はベストチョイスだったんです。非常にバランスが取れていて人間にとって理想的な街じゃないかと思っています。

バランスが取れているというのはどういうことでしょうか?

リシャール・コラスさんご自宅例えばこの家は、ほんの1分で山を歩き回ることもできます。自然が身近なんです。5分歩けば歴史のあるお寺もあって、座禅の中心地の深い文化を味わえます。10分歩けば海の空気を吸うことができて、そこではサーフィンをする若者がいて、カリフォルニアっぽいモダンな風景があります。もちろん、歴史的に見て鎌倉は初めての武家の都で、街を歩けば日本の伝統的な木造の家や庭がきちんと手入れされています。鎌倉は美しい花の都でもあり、ここでしか見られない動植物もあります。

その全てがみんなちょっと歩けば見て回れるコンパクトなサイズの街というのも、鎌倉の住みやすさのポイントです。伝統文化はもちろんですが、鎌倉が持つ今の文化的な雰囲気も魅力的で、そういったものが非常にバランスがとれています。

鎌倉の今の魅力を、どんなところに感じますか?

鎌倉には、知的な方が非常に多くて、ご存じのように画家や文士などのアーティスト、お茶をたしなむ人、ジャーナリストや編集者などもいらっしゃいます。東京に通勤する人も多いはずですが、そういう人は出勤や帰宅の時間帯もさまざまで、他のベッドタウンの感覚とは違うようです。稲村ケ崎の方にある病院では、朝5時にサーフィンして、8時から仕事を始めるドクターがいると聞いたこともあります。みなさんとてもオリジナルです。それに昼間の鎌倉は観光客も多いので、この街は空っぽになることがなく、いつでも生き生きしているんですよ。

世界遺産登録に向けて、鎌倉に期待すること

理想的な街として鎌倉を選んだということですね。

はい。ただし鎌倉市にも国にも、もっと頑張ってほしいこともあります。まず、街の調和を守る法律を厳しくしていただきたい。この家がある一画は大仏裏の保存地区なので、木を1本切るにも許可が必要です。建物も解体したら同じものを再現しなければなりません。もちろん土地を分割することもできません。だからこそ、この小さな谷間は宝物だと私は感じています。

ところが日本には悪い病気があります。規制がなければこういう場所にも平気で50階建てのマンションを建ててしまったりするでしょう? 鎌倉に住み始めて10年になりますが、歩いてみると「ああ!ここもなくなってしまった」「ここも解体している」という場所があちこちに見つかります。長い目で見たら鎌倉はダメになってしまいます。これは、日本とフランスが180度違うところです。

180度も違うんですね。フランスとの違いを教えてください。

リシャール・コラスさんフランスでは、行政からの厳しい規制があればあるほど保存地区の地価は高くなります。環境が守られていることこそが大事で、それを求める人が多いからです。日本は逆です。2階を増築したくても自由に改装できないような土地は、日本人には価値がありません。この地区も、街の中心より安いのはもちろん少し離れているような場所よりも土地代が安い。まあ、それもここを選んだ理由の一つなんですけどね(笑)。

どうして日本はフランスのようにできないのでしょうか?

日本の民主主義は行き過ぎたところがあって、「俺の自由のためには隣の人の自由はどうでもいい」という風になっているように感じます。フランスに限らずヨーロッパでは、環境全体がきちんと保存されるためには多少自分の自由に制限があるということを認めています。世界文化遺産に登録されたフランスのモン・サン・ミッシェルの住民は、それに伴う面倒臭いことも含めて「やりましょう」と言いました。世界遺産登録をめざすなら、市民みんながそういう覚悟、シビックプライドを持たなければいけないと思います。以前、小泉元総理に「観光客を増やすにはどうしたらいいか」と質問された時にも機会あるごとに「まず、自分の国の美しさを守る法律はもっと厳しくするべきだ」と申し上げたんですよ。

プロの目で見る、鎌倉ブランドづくりの第一歩

実際に住み始めてわかった鎌倉の魅力を教えてください

私は東京に40年住んでいて日本人の家に呼ばれたことがほとんどありませんが、鎌倉に引っ越して来て2週間経たないうちに、近所の人から「うちに来いよ」といわれました。息子も近所の家が第2の我が家みたいになっていて、遊びに行ったままお昼をご馳走になったりしています。みなさん、余裕があってオープンなんです。

それから着物文化が残っているところ。東京で着物姿の女性を見かけることは少ないですし、和服の男性を見ることはありませんが、鎌倉では女性の着物姿も、甚平を着て買い物に行く男性も当たり前。時代は21世紀ですが、伝統とモダンのブレンドが非常に自然なことも鎌倉の良さでしょう。

東京から鎌倉駅に降り立つと空気が違う印象があります。

そうです。気候もいい。東京とは2、3度違います。特にこの地区は近辺の人が「チベット街道」と呼ぶくらい、いつも涼しい風が吹きます。夏はノー・エアコンです。もっとも冬は市内より寒いのですが。それから道が行き止まりなおかげで車が入って来られず、とても静かなことも気に入っています。お正月は鎌倉市内に車が入らないように制限していて雰囲気が非常にいいです。鎌倉は歩いて楽しむ街ですし、自転車で味わうのも健康的ですから、できれば一年中、車を規制すべきでしょうし、それを実現する方法はいろいろあると思います。

2013年に世界遺産の結果発表がありますが、鎌倉というブランドはどうなればいいでしょうか?

リシャール・コラスさんご自宅ブランドというものは、法的に作るものじゃありません。また、ブランドを作ればそれで終わりというものでもありません。シャネルの社長として私がしていることは、ブランドの統一感を活かしながらお客様に夢や希望を与えて、関心を持っていただき、ベストのサービスと環境の元でお届けすることです。だから鎌倉ブランドのロゴやテーマカラーが決まったとしても、それで安心してはいけません。むしろそれを活かすにはどうすればいいか、運営方針の元になるコンセプトを固めることが大事です。そのためには、市民や、文化人や、よく訪れる観光客や、いろいろな関係者が集まって、「ホームワーク」をしてもいいんじゃないかと私は思いますよ。

リシャール・コラスさんの鎌倉観光ガイド

LESSON 1 一日の終わりはおいしいレストランで

0467 Hase Kamicho
0467 Hase Kamicho
お気に入りは長谷寺の近くの「0467 Hase Kamicho」や「松原庵」など。古い日本家屋を守りながらやっていて素晴らしいですね。有名なうなぎ屋さんも好きですし、トラットリアみたいなイタリアレストランやカレー屋さんもおいしい店があります。東京に近いせいで、以前は観光客が日帰りで帰ってしまうから、なかなかおいしいレストランができなかったんです。でも最近は、「おいしいレストランがあるから食べて帰ろう」という風に少しずつ変わりつつあります。最近では由比ケ浜通りにもいっぱいいい店ができました。ぜひ食べてから帰ってください。

LESSON 2 とっておき北鎌倉へ最高の散歩道

旧巨福呂坂
旧巨福呂坂
大仏裏から北鎌倉まで歩いて40分くらいのコースは最高の散歩道です。私は建長寺のような立派な寺や座禅発祥の地のような寺ももちろん好きですが、観光客があまり行かないような、こぢんまりとしたお寺も好きなんです。あとはやっぱり小津安二郎さんのお墓。ものすごくシンプルでお名前を書いていないんです。ずっと探しまわってやっと見つけて外国から来たお客さんに見せて自慢しています。特にフランス人はみんな小津監督のことを知っていますから、とっても喜んでくれますよ。ぼくがお勧めしたいのは、この街を歩くことです。ゆっくり、ちっちゃな道を歩けば、どこでも必ずいい雰囲気を感じます。

LESSON 3 座禅を生んだ環境で身体も頭も深呼吸
リシャール・コラスさんご自宅 古い日本家屋に住んでいて手入れが大変じゃないかとよく聞かれますが、だからこそ、私はここに来るのが楽しいんです。東京では私は非常にアクティブな人ですが、鎌倉にいる時は、庭の掃除をしたり、窓を開け放ってただ庭を見たりします。屋根裏にしのび込むハクビシンと知恵比べしたりね。鎌倉にいると東京にいるときのテンションがすっかりなくなって、頭の中を整理して、脳に酸素を送り込むことができます。東京だと脳が排気ガスまみれになってしまいます(笑)。鎌倉では気持が切り替えられるし、小説もここで書きます。この環境があったからこそ、日本の座禅がここで始まったのでしょう。そういう点でも、鎌倉みたいにいい街はないですよ。

リシャール・コラスさん
PROFILE/Richard Collasse(リシャール・コラス)

1953年7月8日生まれ、フランス、オード地方出身。
1975年、パリ大学東洋語学部卒業。1995年、ハーバード大学Advanced Senior Management Program終了。

大学卒業後、1975年より2年間、在日フランス大使館儀典課に勤務。日本のオーディオメーカー、AKAIのフランスの代理店勤務を経て、1979年よりジバンシイに入社。1981年ジバンシイの日本法人会社設立に参加し、4年間代表取締役を勤める。

1985年シャネル株式会社に香水化粧品本部本部長として入社。1993年より2年間、香港のシャネルリミティッドにおいてマネージングダイレクターを勤めた後、1995年8月シャネル株式会社代表取締役社長に就任。現在に至る。

2004年7月8日より、シャネルとフランス人シェフ アラン・デュカス氏とのジョイントベンチャーであるシャネル銀座ビル10FのレストランBEIGE(C&D株式会社)の代表取締役社長も兼務。

2010年、鎌倉市国際親善観光大使就任。

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