リレーエッセイ<鎌倉人>「私の鎌倉」第2回:山崎和男さん

鎌倉に暮らし、鎌倉を愛する「鎌倉人」の生の声をリレー形式でお届けするコーナーです。毎回の執筆者が次の執筆者を紹介していただく型式なので、どんな人が登場するか編集部にも予想がつきません。どうぞお楽しみに。

5歳から約30歳まで鎌倉で育った。戦後まもなくは江ノ電も島森の前まで来ていたので、線路が身近で、学校の帰り道に硬貨を轢かせて煎餅のように大きくしようと、とんでもない悪戯を試みたことがある。しかし、電車の振動で硬貨は潰れる前に吹き飛んで未遂に終わったので補導歴はない。

リレーエッセイの前走者の(養老)孟司ちゃん達と妙本寺の裏山や、葛原が岡によくクワガタやカブトムシを採りに行った。1949年7月23日に初めてヒラタクワガタを採ったときの感激は今でも忘れない。当時は大船の田圃には誘蛾灯が光り、昼間にその下に行ってガムシやゲンゴロウを沢山採った。

その後、源氏の鎌倉を離れて、平家の厳島神社に近い広島大学で32年間アジアの薬草の研究をしていたが、2005年に懐かしい鎌倉に戻ってきた。駅舎や町の建物は少し変わっていたが、さすが、鎌倉だけあって、学校の帰りに毎日通った八幡様や祖父母の眠る東慶寺も全く昔のままで救われた。特に冬の材木座海岸からの富士山と江の島は美しい。

最近は、大学時代に野山を歩いた昔の仲間を東京から呼び、年2回、自然の残る里山を鎌倉散策している。今年で5年目になるが、仲間たちから催促され、コース選定や下見に忙しい。

外来種のタイワンリスやアオマツムシが増えているのは残念だが、まだまだイワタバコが繁茂し、キンランやギンランが秘かに咲き、ホトトギスの声を聞くと、よい故郷に戻ってきた喜びを感じている。

編集部註:葛原が岡は、葛原岡神社付近。他にも葛原ヶ岡などさまざまな表記があります。

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